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主人公問題

やっていき.fmの第7回を聴いている。

yatteiki.fm

まだ半分くらいしか聴いていないが、今週もとても興味深い話をしていた。

やっていき.fmのサイトには、「やっていき宣言」というのものがあり、そこの一文にこう書いてある。

モブよりも主人公 を、価値とする

今回出演していたgong023氏はそこに対して価値観の違いを感じており、自分なりの主人公観を語っていた。僕はその内容にとても共感できた。

詳細に述べるのは面倒なので、内容をざっくりとまとめたい。先程引用した一文では、自らのスペックで物事を打開していくタイプの主人公を理想としており、ともすればモブにあたる人物を軽視しているとも取られかねない。一方gong023氏は、誰よりも悩んであがき苦しみながら、多くの人の手を借りて問題を解決していくタイプがより理想的な主人公であると語った。

僕もどちらかと言えば後者に近い考え方をしている。前回書いたリーダーシップに関する記事においても、端的に言えば「リーダーシップとは心理的コストを肩代わりすること」と結論付けた。

ただ、これは「主人公」によりヒーロー的資質を求めるか、リーダー的資質を求めるかの差であるような気もする。この2つは相反するものではない。どちらの成分が多いほうがより価値観に沿うかどうかという問題である。gong023氏も、個々が高スペックでありながらモブを大切にしたりモブに徹することもできるのがさらに理想的であると語っていたので、ヒーローとリーダーの両方の資質を持っているほうが良いと考えているように見受けられる。

僕自身は、gong023氏に共感できるしリーダーとしての資質を持った主人公のほうがより好みだ。もしかすると、gong023氏よりもさらに好みが極端かもしれない。リーダー的資質を際立たせるため、思いっきり低スペックでヒーロー的資質が皆無なパターンなんていうのはかなりぐっと来る。

僕は誰もが自らの人生の主人公であると考えている。誰もが自分の人生を生きているのだから、主人公以外にはなり得ないのだ。

それなのに、多くの人は自分が主人公だと信じきれず、まるでモブであるかのように生きてしまう。人間は社会性を持つ動物なので、そういう習性があるのも仕方ないのかもしれない。しかしだ、何かを成し遂げたいと思ったらそれじゃ駄目なんだ。モブになりたがる習性を振り切り、自分が思う主人公らしい振る舞いをしないといけない。常に「主人公ならそうするか?」と問いただし、自らを主人公らしく変えていかないといけない。

そうやって自己改変を繰り返していくのが、僕の考える主人公なのだ。