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10秒で出来る速読法を教えるぜ!

活字中毒

僕は小さい頃、よく本を読んだ。

子供なのでゲームの類も好きではあったが、1人でやるゲームにのめり込むことは出来なかった。1人の時間の大半は、本とともに過ごした。

するとごく自然に、いつも何かしらの活字を目にしていないと落ち着かいない性分になっていった。

速読の発見

中学生くらいだっただろうか、本を読んでいる時、自分が大きく分けて2種類の読み方をしていることに気付いた。

1つ目は普通の読み方だが、2つ目は読むスピートがとても速い。いわゆる速読の一種だった。

速読の種類

速読の一種と言っても、そもそも速読という言葉自体が曖昧だ。とりあえず大まかに分けるとしたら、この3つであると思う。

  1. 本のページを何度かパラパラめくって内容を把握したり、ページをパッと見ただけで文章全体を理解するやつ
  2. 国語のテストのように急いで読むやつ
  3. 内容の理解度を保ちつつ、通常よりも大幅に速いスピードで読むやつ

速読と聞けば1のやつを想像する人もいるかもしれない。しかしこれはもはや曲芸であり、特殊な訓練が必要である。僕も出来やしない。

2のやつはただ頑張ってるだけである。だから2のやり方の速読をしたい人には、もっと頑張れとだけ言っておく。

僕がこれから説明するのは3である。

通常の読み方をしている時

自分が速読のようなものを使っていることに気づいたとはいえ、無意識でやっていたことなので、僕は意識的に使えなかった。だから通常の読み方と速読の違いを考えることにした。

通常の読み方も人それぞれであるだろうが、僕は黙読でも通常は目で文章を追うのと同時に、頭の中で音読している。したがって、その音読はかなり適当なものであるものの、文章を追うスピードの上限 = 音読のスピードの上限となっている。

速読している時

速読をしている時の自分の頭の中も観察しようと試みた。意識的に速読が出来たわけじゃないので簡単ではなかったが、繰り返すうちになんとなく把握出来た。

速読をしている時、頭の中で全く音読をしていなかった。目で見た文字列を、いちいち音読せずに理解していた。

それにより、文章を追うスピードの上限 = 理解のスピードの上限となっていた。音読のスピードの上限よりも理解のスピードの上限のほうが高かったので、より速く読むことが可能になっていたのだ。

頭の中の言葉を消せるか

頭の中で全く音読しなければ速読出来る。簡単な答えである。

しかしその答えを実現するのは楽じゃない。なぜなら頭の中から言葉を消すというのが難しいからだ。その作業だけに注目すれば、瞑想に近い。おまけに文字を目にしているのに、その文字が持つ音が思い浮かばなようにしないといけないのだ。

通常の読み方と速読の違いがわかったところで、すぐ実践出来るわけではなかった。

別の角度から攻める

速読を意識的に使うことを僕は諦めたくなかった。しかし、速読しようとする際、即座に瞑想状態を実現して文章を読み始めるなんていうのも現実的ではなかった。

そこで思いついた。意味を持たない別の言葉で埋めてしまえばいいのだ。人間は2つ同時に音読は出来ない。文章と関連のない音読をしていれば、文章を音読するスピードに縛られずに読めるのだ。

魔法の言葉探し

別の角度から攻めると、今度は別の問題が生じた。意味を持たない言葉を延々と唱え続けるというのが難しいのだ。

その行為だけなら出来なくもない。だが、頭を使ってひねり出してしまってはいけないのだ。無駄に頭を使ってしまうと、文章の理解力が落ちてしまい、速読しているのに遅いという本末転倒な状態になってしまう。

だから頭を使わずに延々と音読し続けられる言葉でないといけないのだが、頭の中で「あああああ……」と唱えたりしても駄目だった。単純すぎるため、目で追っている文章の音が、次第に「あああああ……」の背後にうっすらと浮かび上がってくるのだ。浮かび上がってしまったらもう駄目だ。もう速読状態ではない。

僕は速読に適した魔法の言葉をさらに探すことにした。

10秒で出来た

いろいろ模索してたどり着いた魔法の言葉は、「10秒」だった。1から10を数える。それだけだ。

文章を読んでいる間は延々と音読しないといけないので、10まで数え終わったらまた1に戻る。

そしてポイントなのは「10秒」ということだ。つまり、1,2,3...と1秒ずつカウントアップしていく。馴染みのあるリズムに依存した生成方法であるため、頭をほとんど使わずに済む。使っているとしても、文章の理解とは全く違う部分を使っているので、文章の理解をさほど邪魔しないのである。それでいて単純すぎないので、背後から文章の音が浮かび上がりにくい。

頭の中で「10秒」を数え続けることで、僕は意識的に自分を強制的に速読モードに変えることが出来るようになった。そのまま集中でき、数えるのをやめても速読が続く場合もあるし、そうでない場合は延々と数え続ける。

10秒速読法まとめ

速読をしたいけど意識的に速読することが出来ないという人は、一度この速読法を試してみてほしい。僕と同じように「10秒」を使って速読が出来るようになる人もいるかもしれないのでまとめておく。

  • 頭の中で10秒を繰り返し数える
  • 読みたい文章を目で追う

まとめると言ってもやりかたはこんなもんである。

コツとしてはこんな感じ。

  • 頭の中だけど、なるべく大きな声でハキハキと10秒を数える
  • 単語の音を連想しないように我慢する
  • 余計なことを考えず先へ先へと進む

感覚が掴めない場合は、無理にスピードを上げようとしないで、まずは1秒ごとに1行をリズムよく追っていくようにするといいかもしれない。

まぁ感覚的なことであるので、このあたりは人それぞれかもしれない。しっくりこなかったら各自で試行錯誤してもらいたい。

速読は万能じゃない

この速読法は文章の内容を理解することは出来るが、情緒や語感、リズムといった情報が全然受け取れなくなる。だから小説で使えばストーリーを追うだけになってしまって面白くなくなる。

また、普通に読んでも簡単に理解できないような文章は、当然ながら速読でも理解できない。

悪文に関しても同様だ。普通に読んで躓いてしまうような文章だと、速読でも躓いてしまうか、誤読する。

そう、すべては筋肉

速読において、そもそも重要な点がある。それは目の筋力である。

速く読むということは、速く目を動かすということだ。だから目の筋肉が速読に対応していないと、そもそも速読などできない。

まずはタンパク質をしっかりと摂取し、速読に耐えうる筋肉を備えた人間になろう。

取っ手を付ける作業

前回「取っ手を付ける作業」という記事を書いた。今回の記事を書いている時は考えていなかったけれど、今回は速読に取っ手を付けた記事と言えるかもしれない。

隙あらば取っ手を付ける人間でありたい。

きっかけ

この速読法は昔から自分でやってたやり方で、大人になってから見つけたものではない。だから新鮮味が全くなくて、ブログネタの候補にすらなることはなかった。

しかし「内なる声」の話題をTwitter等で目にし、このテーマに関する他人の感じ方を知るのが面白かった。

そうして自分自身に目を向けてみると、自分がどう感じているのかをはっきりさせたくなった。自分の速読法についてちゃんと文章にまとめてみようかなと思った。

そう、すべては筋肉

こんな風に他人のきっかけによって自分自身のことがより明確になり、そして引き出されていくということがある。それは自分自身を形作る上で貴重な経験なので、そういうチャンスを目ざとく見つけていきたい。

しかしそれには充分な余裕が必要である。余裕とは体力である。体力は健全な肉体によって生み出されるものであり、やはり必要なのは筋肉。

タンパク質を摂ろう。