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みんな段落派?パラグラフ派?どうやってブログ書いてんの?

段落とパラグラフ

段落とパラグラフでは、その指すものがちょっとだけ違う。しかし段落を英語で言えばパラグラフになるので、どっちも同じと言えば同じだ。

まぁそういう面倒くさいことを言えばキリがない。ここでは便宜上、日本語の伝統的な体裁である、行頭を1字下げる体裁を段落方式と呼ぶ。そして英語等の横書き文章における、行頭を1字下げずに行間を広くとって文章のまとまりを区切る体裁をパラグラフ方式と呼んでしまうことにする。

段落派、まさかの裏切り

この文章は行頭の1字下げがされていないので、パラグラフによって構成されている。

 こんな風に書けば段落っぽくなる。

段落もパラグラフもどちらも文章の小さなひとまとまりであり、役割はさほど変わらない。しかしだ、僕の感覚としては、書き方にかなりの違いが出る。

僕はがっつりWeb系の仕事をしているのだけど、どこぞの情報系の学部にいたとかそういうわけではなく、小説畑から湧いて出てきた謎の存在である。そんな僕にとっては、段落方式が基本である。

ところがこういった横書き、しかもブログのような媒体だと、パラグラフ方式のほうがよりマッチした体裁であるように思える。それは断片化された情報をつまみ食いしていくようなWebの文化に合っているということもあるし、各種サービスの機能がそもそもパラグラフ方式で書くことを考えて作られているのもある。

そうなってくるとどっぷりWebに浸かっている僕も、パラグラフ方式で書くのが妥当だ。それでも段落の方が書きやすいのでずっと段落派であったのだが、最近ようやくパラグラフ派に転向した。新しいやり方に順応してこそ現代人だぜ!

でも実は、以前僕ははてなブログに生息する悩める段落派たちに、以下の記事を書くことで道を示したことがある。書いたのは3年も前だが、未だに多くの人がこの記事を参考にしていると伺える通知がやまない。

web-ken.hatenablog.com

しかし僕はすっかりパラグラフ派だ。これは裏切りである。

段落を変えると行間が広くなるだと? そりゃそうだよ! はてなブログはパラグラフ方式なんだよ! 今からパラグラフで書け!

便利なMarkdown

Web上で文章を書く際に、簡単なルールに従って入力するだけで、

  • リストにしたり、
  • リンクにしたり、

大見出しにしたり、

小見出しにしたり、

いろんなことができるMarkdownという記法がある。Markdownのルールで書くと、書いている際にはプレーンテキストだが、ページ上で表示される際にはパラグラフ方式に準拠した体裁として整えられて表示される。Web関係の多くのサービスがMarkdownに対応しており、僕も仕事で使っている。常々便利だなぁと思っている。

このブログを書いているはてなブログもMarkdownに対応しているため、Markdownで書けば見出しやリストやリンクなんていうのが、面倒な操作なしに実現できる。

最初は便利なMarkdownの記法を使いつつ段落の体裁で書こうとしていたのだが、意図した通りに表示できなかった。サービスによってはMarkdownでも段落風に表示できるところもあるが、多くの場所では改行したらやたら行間が広がってしまったり、改行が無効にされてしまったりして、強制でパラグラフ方式の体裁にされてしまうのだ。やはりMarkdownはパラグラフで書くしかない。パラグラフ派に魂を売ってしまえば、そこは楽園なのだ。

パラグラフ派転向の壁

こうしてパラグラフ派に転向したものの、やはり慣れないと書きづらく、文章をテンポよく書いていくことが難しい。

また、現代的な段落の使い方では意味的なまとまりにとらわれずに改行するのが基本であり、改行を用いて文章が読まれるリズムをコントロールしたりする。そういう感覚で改行の頻度を上げてドライブ感を出して……などと考えても、パラグラフ方式の体裁になると行間が広く空いてしまうため、自然に行うのが難しくなる。リズムをコントロールするやり方はパラグラフ方式だっていくらもあるのだが、やり方が変わるのは確かだ。

パラグラフの強み

書きづらいならやめればいいのだが、それはそれでもったいない。パラグラフにはMarkdownで書けること以外にも、大きな利点がある。

文章というのは文と文が意味の繋がりを持っているものだ。行が変わることもなく連続した文同士ならば、意味の繋がりはより厳密なものでないといけない。しかし行をまたぐと、その繋がりのブレの許容度が上がる。

段落方式とパラグラフ方式では、改行の扱いが違う。段落方式は改行するとすぐ次の行から次の段落となる。段落が変わったことを明示するために行頭が1字下げられる。パラグラフにおいては1字下げない代わりに、まちまちではあるが、1行分前後のスペースが空けられて次のパラグラフであることを明示することが多い。(行頭の文字を大きくする場合もあるが)

この違いは、求められる意味の繋がりの厳密さにも違いを生む。パラグラフ方式はパラグラフ同士の距離が大きくなるため、意味の繋がりのブレの許容度が段落方式より上がるように感じる。

ブレの許容度の差はごくわずかでしかないのだが、そこを意識すると書く際にかなり楽になる。極端に言ってしまえば、パラグラフ内がちゃんと繋がっていれば、パラグラフ同士の繋がりは雑でいいのだ。だから1パラグラフ1ツイートくらいの気持ちで書ける。「長文ツイートを何個かする程度のノリでブログが書ける」というのは個人的にとても良い発見であり、ブログを随分と書きやすくしたように思える。「メンタル的な楽さ」というのはとても重要である。

みんなは段落派? パラグラフ派?

僕はすっかりパラグラフ派に転向してしまって、Markdownで雑な勢いのままこの記事を書いている。まだ少し慣れないが、パラグラフ方式のメンタル的な楽さを享受しつつ、Markdownで機能的な楽さも享受できていると思う。

こんな風に自分でいろいろ考えると、他の人がどうやって書いているのかが気になってくる。自分の書きやすいスタイルを貫く人なのか、場が求めるスタイルに順応していく人なのかなんて考えるのも面白い。

Markdownだとやりづらいものの、段落とパラグラフは相反するものでもない。混合方式だってある。段落方式で書きつつ空改行を多様するスタイルは、段落方式に準拠しつつパラグラフ的マインドで書いているのかもしれない。

みんなは何を考え、どんな体裁を採用しているのだろうか?

文化の交差点

多くの人間がちゃんとした文章を書こうとしつつも、体裁がこんなに自由な時代・場所が未だかつてあっただろうか。日本の文化と欧米の文化が、まるで当たり前かのように交差している。ここは文化の交差点で、きっと交差点の向こうは今までと違う道だ。

面白いぜ、インターネット。