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僕がコメント欄を設置しない理由

 【お知らせ】コメント欄を閉じました - 夜の庭から

 読んだ。

 大まかな内容はこうである。

・エロ小説書きたい(ΦωΦ)フフフ…

・「続きを読む」を使うと見栄えが悪くなるし、馴れ合い色も強く出てしまうのでコメント欄をなくした。

・エロ小説書きたい(ΦωΦ)フフフ!!

・みんなもっと感想をブログで書いてもらえると喜ぶグループ使おうぜ!

・エロ小説書きたい(ΦωΦ)フハハハハ!!!!

  誤解があったら申し訳ないが、だいたい合ってるはずだ。

 

 僕もコメント欄を設置していないのだが、それには理由がある。

 

「初音ミクって何がすごいの?」という問いに答えられるか」という記事があるのだが、これはウェブ研が生まれるずっと前に、僕が個人的なアカウントで書いたものをこっちのアカウントで再掲したものだ。

 この記事を公開した時、結構ブックマークもされ、そこそこ反響があった。自分の大学の先生にも言及されて焦ったりもした。

 当時はコメント欄を設置していたので、様々なコメントが寄せられた。コメントしてもらえるのはとても嬉しいので、僕は一つずつ返信した。

 しかしだ、僕は思ったのだ。

 

 ——面倒くせぇ!

 

 コメントに返信をすること自体が面倒なのではない。わざわざコメントしてくる人は記事に強い関心を抱いてくれているので、論理が曖昧な部分や記事に書かれていない細かい部分を質問してくるのだ。

 ありがたい。ありがたいが、反響があるとその量が増えて面倒くささがとんでもないのだ。それはまるで授業後にガリ勉たちの質問攻めに会う先生のようで、「僕は君たちの先生じゃないぞ!」と言いたくなってしまう。

 かといってコメントに返信しないのもどうかなぁと思ってしまうし、返信しなくても全く問題ないくらい大量のコメントが来るわけでもない。

 そういう経験があったのでこのブログを始める時、コメント欄を設置しなかった。はてなブックマークのコメントも、Twitterもある。そういったソーシャルななんやかんやで充分なんじゃないかなと思っている。見た目もスッキリするし、何より楽だ。

 

 ただ充分とはいえ、それはそれで少し寂しいような気もしている。「あいつがいると騒がしくってしょうがない。まったく、いなくなってせいせいしたよ。あれ、この部屋こんなに広かったっけ……」的な。どうしたらいいものか。

 そんなことを考えていたら、ひやりとした夜風が頬をなでた。今年の冬は冷えそうだ。