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どんな話にもオチを付ける方法

 おちが付けられない。 - よしだのブログ

 読んだ。

 内容を要約するとこんな感じだ。

・話にオチを付けるのが苦手

・オチっていうのは一番伝えたい内容のことではないか?

即興小説トレーニングやりたい!うわぁぁめっちゃやりたい!超やりたい!誰か助けてくれ!やりたすぎて死んでしまう!

 もしかしたら少し解釈にズレがあるかもしれないが、シンプルな内容だし、だいたいあってるはずだ。

 

 まず言っておくが、オチがオチであるかどうかに内容なんて関係のないことだ。オチは別に結論である必要はないからだ。なんだってオチとして採用すればオチであり、オチはあくまでポーズなのだ。読者が「終わりなんだな」と思ってくれればなんでもいい。

 だから例えばウンコの話を書き連ねた最後にいきなりこんな文を加えてシュールに終わらせてもいい。

そんなことを考えていたら、ひやりとした夜風が頬をなでた。今年の冬は冷えそうだ。

 もしくは、

なんだかカレー食いたくなってきた!

 と馬鹿みたいに終わらせてもいい。

 いきなり〈おしまい!〉と書いたっていい。

 もうなんだっていいしどうだっていい。

 

 普段の会話で「で?」とか言われたりする人も、内容に問題があるわけではない。話の途中と話が終わった時の声のトーンが同じだからそうなる。話が終わって話すのをやめても、聞き手はまだ続きがあると思っているのだから、続きを促されるのも当然だ。

 そういう場合でもとりあえず声のトーンを落として「まぁそういうわけなんだよ」とか適当に言っとけば、内容が滅茶苦茶でも論理的じゃなくても伝える順番がデタラメでも、「で?」と言われることなんか滅多にないはずだ。

 

 もちろんオチの上手い下手はある。しかし、それも構造的な問題であり、内容によって決まるものではない。

 一番オーソドックス構造は、最初に戻るというものだ。ブログだとタイトルか冒頭の言葉で締める感じになるだろう。話の途中の部分でもいいが、タイトルか冒頭がやはり一番きれいにオチが付く。

「どんな話にもオチを付ける方法」というタイトルならば、最後のほうで取って付けたように「そしてやっぱり何よりも大切なのは、あなた自身の気持ち。あなたがオチだと強く思えば、それがオチになるのです」みたいなくだらない綺麗事をほざいてから、

それこそが、どんな話にもオチを付ける一番の方法です。

  とタイトルの言葉を使って締めちゃえば一応綺麗なオチの構造が出来上がる。内容としては「なんじゃそりゃ!」というものだから腑に落ちないが、話はオチる。最初に戻れれば何でもいいのである。

 冒頭で挙げた「おちが付けられない。 」も、言いたいことだけ言ってろくにまとめないで、

……ああ、今日もおちが付けられない。

 で締めちゃえば「それがオチやないかーい!」と突っ込まざるを得なくなるくらいオチが付く。

 

 最初に戻る方法というのは、最初と同じ言葉を使うパターンだけではない。

 最初に戻るといってもあくまでその文章の基本状態に戻るということなので、筆者のスタンスを再度提示するのでもいいし、文章に一貫して流れる感情や雰囲気を一言で表現してもいいし、またそれらを比喩的に表現してもいい。

 特に比喩的に表現して余韻を残して終わる方法は実に「それっぽく」オチを付けることができる。コラムや編集後記を任されるといい歳して作家気分に浸ってしまう、ごく一般的な新聞記者なんかにやたらと好まれている方法でもある。

 例えば日本経済の先行き不安を無責任に煽り、さっきのウンコの話のオチで使った文をコピペして、

そんなことを考えていたら、ひやりとした夜風が頬をなでた。今年の冬は冷えそうだ。

 なんて締めちゃえばあら不思議、量産型新聞記者コラム風の文章の出来上がりだ。ね、簡単でしょ?

 内容なんか関係ない。終わりを認識させればそれがオチだし、上手い下手も結局は構造である。

 

 そしてやっぱり何よりも大切なのは、あなた自身の気持ち。あなたがオチだと強く思えば、それがオチになるのです。

 それこそが、どんな話にもオチを付ける一番の方法です。